中国語テキスト
含徳之厚,比於赤子。
毒虫不螫,猛獣不据,玃鳥不搏。
骨弱筋柔而握固。
未知牝牡之合而朘作,精之至。
終日号而不嗄,和之至。
知和曰常,知常曰明,益生曰祥,心使気曰强。
物壮則老,謂之不道,不道早已。
翻訳
徳の厚い者は、赤子に似ている。毒虫は刺さず、猛獣は襲わず、猛禽は襲わない。
骨は弱く、筋は柔らかく、しかし物をしっかりと握ることができる。
男女の交わりを知らず、しかし精気が充実している。
終日鳴き続けても声がかれない。これは気の調和が完璧だからである。
調和を知ることを常といい、常を知ることを明といい、命を増やすことを祥といい、心が気を動かすことを強といい。
物が盛んになると老いる。これを道に従わないという。道に従わない者は早死にする。
注釈
劉劼夫 :人は生まれた時、徳は純粋で堅固である。大人になると、耳や目で外界と交わり、心に受け入れ、執着する。命を増やそうと欲する。欲望が増えるほど、徳は弱まる。しかし道を修める者は、命を増やすものを減らし、感覚の対象を捨て、本性を養い、元の徳に戻る。徳が完璧になれば、赤子のようになる。
蘇子由 :新生児は静かで欲望がない。だから完璧である。外界のものが見えても、それに応じない。道は形がない。人々はそれを見ることができず、ましてや傷つけることはできない。人は心があるから身体がある。心があるから、敵が集まってくる。心がない者には、敵も害を与える者もいない。なぜ赤子は恐れないのか?心がないからである。
G:例えば、さそりのような毒虫毒虫 。
G:例えば、虎や豹のような猛獣猛獣 。
G:例えば、鷲や鷹のような猛禽玃鳥 。
蘇子由 :赤子が欲望なく男性器を勃起させるのは、精気が豊かだからで、心の熱情ではない。
蘇子由 :心が動くと気は傷つく。気が傷つくと、叫んでも声がかれる。赤子は終日叫んでも声がかれないのは、心が動かず、気が完全に調和しているからである。この調和を持つ者は、外界のものに内心を乱されない。
E:この調和を知る者は、常に存在できる。だからこれを「常」という。
この考えは、第16章(中国語テキスト、35-42月)にもある。Eによると、この世で精神的な原理だけが「常」である。他のものは変化する。道を持つ者は、休息によって精神を保ち、生死の大変化に変わらない。
「常」は、変化しない状態、つまり変化しないものの状態を意味する。
E:常を知る(外界に変化させられないようにする方法を知る)ことは、道を知ることである。だからこれを知ることを明という。
B:人が欲望や野心に溺れ、口や腹の欲望を満たして命を増やそうとすると、必ず災いを招き、早死にする。
H:心が静かでないと、気を乱して動かす。心が気を動かすと、人は強くなるが、強さはすぐに死に至る。
H:道のように柔らかく弱い者は、長生きし、一生危険にさらされることがない。一方、富や名声や体力を増やそうとする者は、すぐに財産や地位や健康を失い、早死にする。