中国語のテキスト
知不知上、不知知、病。
是以聖人不病。
以其病病、是以不病。
翻訳
知ることを知り、知らないことを知ることは、最高の徳である。
知らないことを知らないと知ることは、病である。
この病に悩むことで、その病を感じない。
聖人はこの病を感じない、それはこの病に悩むからである。
だから、聖人はこの病を感じないのである。
注釈
この章(全28文字)で「病」という字は8回使われており、名詞としても中性動詞としても使われている。「河上公」の注釈に従い、2番目と6番目の「病」を「悩む」と訳し(苦「く」は「苦い、つらい、悩む」という意味)、4番目、5番目、8番目の「病」を「病気になる、病気を感じる」と訳した。「有病」は「病気がある」という意味である。
A:道を知りながらそれを知らないと言うのは、最高の徳である。
E:感覚的なものとの接触から生まれる知識に惑わされ、真の知識である無知を持たないことは、現代人の一般的な欠点である。だから、道を知る者が無知に戻ることができれば、それは卓越した徳の証である。
第10章で、老子は同じ考えを表現している。「人は知性の光から解放されれば、あらゆる道徳的な欠陥から免れることができる」と。
E:道を知らない人は、偽りの知識に固執し、それを真の知識だと思い込む。偽りの知識が心に根付くと、それは彼にとって病気のようなものになる。
E:偽りの知識は、私たちの本性の病気である。偽りの知識が病気であることを知り、それを悩む(文字通り「病気として見なす」)ことで、偽りの知識の病気を感じなくなる。
E:道を知りながらそれを知らないとは、まさに聖人の行為である。聖人は偽りの知識の病気から免れている、それはそれを悩むからである。だから、偽りの知識の病気は聖人から遠ざかるのである。